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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)4260号 判決

主文

一  第一事件被告(第二事件原告)日本生命保険相互会社は、第一事件原告吉崎建材株式会社に対し、金二五〇〇万円及びこれに対する平成三年五月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  第一事件被告(第二事件原告)日本生命保険相互会社の別紙記載の生命保険契約に基づく被保険者小森信行の死亡による死亡保険金二五〇〇万円の支払債務は、第二事件被告有限会社森幸商店に対しては存在しないことを確認する。

三  訴訟費用は、第一事件原告と第一事件被告との間においては、全部第一事件被告の負担とし、第二事件原告と第二事件被告との間においては、全部第二事件被告の負担とする。

四  この判決は、第一事件原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

第一事件につき主文第一項と同旨、第二事件につき主文第二項と同旨

第二  事案の概要

一  第一事件

第二事件被告(以下「被告森幸商店」という)と第一事件被告(第二事件原告)日本生命保険相互会社(以下単に「被告日本生命」という)が別紙記載の生命保険契約(以下「本件生命保険契約」という)を締結していたところ、被保険者である小森信行(以下「小森」という)が死亡し、第一事件原告(以下「原告吉崎建材」という)が、右保険金受取人である被告森幸商店の債権者として、右保険金請求権につき差押・転付命令を受けたとして、被告日本生命に対し、右保険金二五〇〇万円(以下「本件保険金」という)及びこれに対する請求の日の翌日から支払ずみまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めたものである。

二  第二事件

被告日本生命が、被告森幸商店に対し、主位的に、本件生命保険契約に際して告知義務違反があったとして、訴訟外及び同事件訴状の送達により契約を解除し、その結果、右保険金支払債務がなくなったとし、予備的に、右解除が認められないとしても右差押・転付命令により被告日本生命から被告森幸商店に対しては保険金支払債務がないとして、保険金債務の不存在確認を求めたものである。

三  争いのない事実(被告森幸商店との関係では認定を要する事実もあり、当該部分では括弧内に証拠を摘示した)

1  被告森幸商店は、被告日本生命との間で、昭和六三年一二月八日、別紙記載内容の本件生命保険契約を締結した。

2  本件生命保険契約における被保険者である小森は、平成二年一〇月二三日に死亡した。

3  原告吉崎建材は、平成三年一月二三日、横浜地方裁判所川崎支部において、被告森幸商店に対する東京地方裁判所平成二年(ワ)一五〇二九号売掛代金請求事件の確定判決を債務名義として、右小森の死亡にともなう被告森幸商店から被告日本生命に対する本件生命保険金債権について、債権差押・転付命令を得た(横浜地方裁判所川崎支部平成三年(ル)第九号、同年(ヲ)第一一号事件。以下「本件差押・転付」という)(甲一)。本件差押・転付命令の執行関係手続は、被告森幸商店に代表者が不存在であったため、原告吉崎建材の申立により、裁判所が春田昭弁護士を被告森幸商店の特別代理人に選任して行われた(甲一、八、以下「特別代理人春田」という)。本件差押・転付命令は、平成三年二月一日に債務者である被告森幸商店に、同年一月二八日に第三債務者である被告日本生命に送達され、執行抗告期間の経過すなわち同年二月八日の経過により確定した(甲二、三)。

4  原告吉崎建材は、被告日本生命に対し、同年三月四日、被告日本生命の指定する請求書に指定の関係書類を添付して、本件生命保険金の支払を請求したが、被告日本生命はこれに応じず、原告吉崎建材は、改めて同年五月一五日付けの内容証明郵便で同旨の請求をし、右は被告日本生命に対し、同月一六日に到達した(甲五の1、2)。

5  本件生命保険契約に関する利益配当付終身保険(56)普通保険約款(以下「本件約款」という)の二九条において、「保険契約の締結―(中略)―の際、会社所定の書面で質問した事項について、本件契約者または被保険者はその書面により告知することを要します。また、会社の指定する医師が口頭で質問した事項については、その医師に口頭により告知することを要します。」と告知義務を定め、三〇条では、一項で「保険契約者または被保険者が、前条の告知の際、故意または重大な過失により事実を告げなかったかまたは事実でないことを告げた場合には、会社は、将来に向かって保険契約または付加している特約だけを解除―(中略)―することができます。」と、二項で「会社は、保険金、給付金の支払事由―(中略)―が生じた後でも、保険契約または付加している特約を解除することができます。この場合、会社は、保険金、給付金の支払―(中略)―を行いません」と、四項で「保険契約―(中略)―の解除は、保険契約者に対する通知により行います。」とそれぞれ告知義務違反による解除について定めている(乙一)。

6  被告日本生命は、本件保険契約の契約者である被告森幸商店(特別代理人春田)に対し、平成三年四月四日到達の内容証明郵便で、本件約款三〇条の規定により、告知義務違反を理由に本件保険契約を解除する旨の意思表示をした(乙四の1、2。以下「本件解除」という)。

四  争点

1  被告森幸商店、小森に告知義務違反の事実があったか。

2  被告日本生命から被告森幸商店特別代理人春田宛の告知義務違反による解除は有効か(特別代理人の意思表示の受領権限、当該事件終了後における民事執行法上の特別代理人の権限、意思表示の到達の問題)。

3  第二事件の訴状中でされた被告森幸商店に対する告知義務違反による解除は有効か(除斥期間の停止、簡易生命保険法規定の類推適用の可否、第二事件の訴えの利益と解除の意思表示)

4  原告吉崎建材は、被告日本生命に対し、信義則上、本件保険金債権を請求できないのか。

5  証拠(省略)

第三  争点に対する判断

一  告知義務違反の事実の有無(争点1)について

1  証拠(乙二、三、甲四)によれば、次の事実が認められる。

小森は、川崎市立病院で解離性大動脈瘤の診断を受け、入院加療が必要(高血圧の加療も必要)と言われて、昭和五五年五月二日、医療法人財団淡路医院を訪れ、同日、同医院からも解離性大動脈瘤、高血圧症との病名の診断を受けた。小森は、その後、同医院で、薬剤投与を受けつつ、平成二年一〇月六日まで通院加療を受けた。なお、小森は、昭和五九年ないし昭和六〇年ころ、解離性大動脈瘤にて、川崎市立病院で二か月間の入院加療も受けた。そして、小森は、本件生命保険契約締結に際して、昭和六三年一一月一九日、被告日本生命に対し、告知を行ったが、その内容の概要は、過去五年間で病気で七日以上の治療を受けたことや休養したことがない、持病はない、現在、体にぐあいの悪いところはない、現在、病気で診察・検査・治療を受けていない、現在、病気のため、診察・検査・治療・入院・手術を勧められてはおらず、これらの予定もない、過去二年内に健康診断を受けたことがないなどというものであった。

小森は、平成二年一〇月二〇日早朝、急激な腹痛が発生し、たま日吉台病院で受診したが、ショック状態のため、聖マリアンナ医科大学病院に入院した。当日の検査の結果、解離性大動脈瘤破裂と診断され、即日緊急手術が実施された。手術後心停止となったが心蘇生にて回復した。しかし、同月二三日、小森は、再度心停止を来して、解離性大動脈瘤破裂による急性心不全により死亡した。

2  右事実によれば、小森が本件生命保険契約に際しての告知義務に違反したことは明白であると認められる。

二  被告森幸商店特別代理人春田宛の本件解除の有効性(争点2)

1  前記争いがない事実に加え、証拠(甲一ないし四、八、乙二、五)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

小森が被告森幸商店の唯一の取締役で代表者であったところ、右小森の死亡により、被告森幸商店には代表者が存在しなくなった。その後、原告吉崎建材が本件差押・転付命令事件を申立て、同事件について被告森幸商店の特別代理人として春田が選任された上、本件差押・転付命令が出され、平成三年二月八日の経過により右命令が確定した。その後、原告吉崎建材から被告日本生命に対する本件生命保険金の請求があり、被告日本生命は、調査をした結果、平成三年四月一日、診断書(乙二)が本店に到達して、右判示の告知義務違反の事実を確知した。被告日本生命は、告知義務違反を理由に本件保険契約の契約者である被告森幸商店に対して解除の意思表示をしようとしたが、当時、被告森幸商店は、唯一の取締役小森が死亡した後、取締役の選任もされないままの状態であった。そこで、被告日本生命は、本件差押・転付命令手続で選任された被告森幸商店特別代理人春田に宛てた内容証明郵便にて、本件約款三〇条の規定により告知義務違反を理由に本件保険契約を解除する旨の意思表示をし、右は平成三年四月四日到達した。

2  そこで、検討するに、特別代理人春田は、民事執行法二〇条、民事訴訟法五八条、五六条に基づいて、裁判所により選任された被告森幸商店の特別代理人である(横浜地方裁判所川崎支部平成三年(モ)第四〇号事件)。右民訴法五六条の特別代理人は、その訴訟限りの臨時の法定代理人の性質を有するものであるから(最高裁昭和三三年七月二五日第二小法廷判決・民集一二巻一二号一八二三頁参照)、右特別代理人春田に関していえば、その特別代理人選任命令(甲八)の主文のとおり、原告吉崎建材と被告森幸商店との間の横浜地方裁判所川崎支部平成三年(ル)第九号及び同年(ヲ)第一一号の債権差押及び転付命令事件に限っての被告森幸商店の代理人である。そして、前判示のとおり、右差押・転付命令は、平成三年二月八日の経過により確定し、右特別代理人の性質から右事件の終了により当然に春田の被告森幸商店の特別代理人としての地位、権限は消滅したものである。したがって、被告日本生命が解除の意思表示をした同年四月四日の時点では、すでに春田は、被告森幸商店の特別代理人の地位にはなく、被告森幸商店の代理人として、右解除の意思表示を受領する権限はなかったことになり、本件解除の意思表示の効果は発生しないといわざるをえない。

3  被告日本生命は、右解除の意思表示が本件転付命令事件の転付債権(生命保険金請求権)を遡及的に消滅させ、転付命令の効力に影響を及ぼすものであるから、春田には、右意思表示の受領権限があると主張する。しかし、右の点が民事執行法上の特別代理人の権限が当該事件終了後も残存することの根拠になりうるとは解されず、右見解は採用できない。

4  被告日本生命は、更に、意思表示は会社の代表者あるいは同人から受領の権限を付与された者によって受領され、ないし了知されることまでは要求されず、それらの者にとって了知可能な状態におかれること、意思表示の書面がそれらの者の勢力圏内に置かれることをもって足りるのであり、本件解除の意思表示は、被告森幸商店の住所地に宛ててされ、特別代理人春田の職務に係わりのあるものであり、特別代理人の受領権限を問うまでもなく、同人には本件解除の意思表示をさらに確実に受領権限を有する者に取り次ぐことが期待されており、本件解除の意思表示は、特別代理人春田が受領した時点で被告森幸商店に到達したものと解されると主張する。

右主張前段の一般論は、最高裁判決(昭和三六年四月二〇日第一小法廷判決・民集一五巻四号七七四頁)の判示に沿うものであり、もとより正当である。しかし、到達は、了知しうべき状態の成立であるから、たとえ意思表示がその勢力圏内に置かれたとしても、受領者に了知しうるだけの能力がなければ(禁治産者が代理人もない状況に置かれていた場合等)、到達とならないことはいうまでもない。法人においてこれを代表すべき受領権限のある者が存在しない場合も同様と解される。本件は、前判示のとおり、本件解除の意思表示が届いた時点では既に春田は特別代理人の地位にはなく、結局、被告森幸商店には、意思表示を了知すべき者(法人の機関としての代表者)が全く存在しない、了知可能云々を論じる以前の状態にあったものであり(春田自身に受領権限はなく、取り次ぐべき相手も存在しない)、右被告日本生命の一般論を本件に適用する部分の主張は、前提を欠くもので採用できない。

5  以上のとおりであるから、そもそも特別代理人に実体法上の意思表示を受領する権限があるのか否かについて判断するまでもなく、平成三年四月四日における本件解除の意思表示は、被告森幸商店に対して到達したといえず、効力が発生したとはいえない。

三  第二事件の訴状中でされた被告森幸商店に対する告知義務違反による解除の有効性(争点3)

1  被告日本生命は、被告森幸商店に対し、平成五年一月八日、債務不存在確認請求事件(本件第二事件)の訴えを提起し、その訴状中でも告知義務違反を理由に本件生命保険契約を解除する旨の意思表示をし、右は、民訴法五八条、五六条により選任された同事件の特別代理人井上進弁護士に対して、同月二一日送達されたことは本件記録上明らかである。

2  そこで、検討するに、商法六七八条、六四四条によれば、保険契約における告知義務違反による解除権は、保険者が解除の原因を知った時から一か月間これを行わないときは消滅するとされ(民法一四〇条により知った日の翌日から起算)、更に、本件約款三一条(2)では、会社が解除の原因を知った日からその日を含めて一か月を経過したときは会社は解除できないとして、法の規定を一日間短縮しており(乙一)、この約款は有効である。

右一か月の期間は除斥期間と解されるところ、前判示のとおり、被告日本生命は、遅くとも平成三年四月一日には本件生命保険契約の告知義務違反による解除の原因を知ったものであるから、一か月間の除斥期間が経過し、既に解除権が消滅した後、解除の意思表示を含む本件第二事件の訴状が送達された(平成五年一月二一日)ものであるから、解除の効果は生じないことになる。

3  なお、被告日本生命は、本件のように被告森幸商店に代表者がなく、被告日本生命の責に帰さない事由により解除の通知ができない場合には、時効の停止の規定(民法一五八条)の類推適用により、あるいは信義衡平の観点から、右一か月間の期間の進行は停止し、被告森幸商店の代表者あるいは特別代理人が選任されて初めて進行すると解すべきであり、右第二事件の訴状による解除の意思表示は特別代理人の選任(本件記録上、平成五年一月一九日)から一か月以内にされており有効である旨主張する。

除斥期間について、民法一五八条の規定が類推適用できるかについては議論の余地もある。その点はさておくとしても、そもそも、右規定の「これに対して時効完成せず」というのは、法定代理人がいない場合に、未成年者、禁治産者の不利益には時効が完成しないという趣旨であって、法定代理人がいない者を相手に時効を中断しようとする者に対して停止の効果もたらされる趣旨ではない。したがって、この規定を本件に類推するとしても、本件の除斥期間が停止することにはならないのであり、被告日本生命の民法一五八条による除斥期間停止の主張は前提を欠き採用できない。

なお、信義衡平の観点からの主張は、後記四で一括判断する。

4  更に、被告日本生命は、国が行う生命保険に関する簡易生命保険法では、告知義務違反による解除につき、三九条二項で、国が解除の原因を知った時から一か月間解除を行わないときは解除権が消滅する旨規定した上で、四一条二項には、三九条二項に規定する一か月の期間は、保険契約者若しくはその法定代理人を知ることができないとき又これらの者の所在を知ることができないときは、これらの者の所在が知れた時から起算する旨の規定があり、右規定の趣旨は本件の場合にも類推されるべきである旨主張する。

確かに、商法において右と同旨の規定がない場合に、保険者にとって不都合な事態が生じることは否定できないと解される。しかしながら、簡易生命保険制度と民間の生命保険制度の趣旨の点に加え、簡易生命保険法と商法は、告知義務違反による解除につきほぼ同旨の規定をおいているにもかかわらず、右の除斥期間の緩和に関しては、前者において立法化された他方で後者については一切の規定が置かれなかったこと、この点は学説、業界関係者等から同趣旨の規定を立法化するべきであるとの指摘があるにもかかわらず未だに立法化されていないことなどの事情に照らせば、立法論としてはともかく、右簡易生命保険法の規定を本件に類推適用することは法令解釈の域を超えるといわざるをえない。

5  以上によれば、第二事件に訴えの利益がなく訴状中の解除の意思表示の効力もないのではないかとの点について判断するまでもなく(訴えの利益の点は後の第二事件の部分で判断する。なお、仮に訴えの利益がなく訴えが却下されたとしても、直ちに訴状の送達によりされた実体法上の解除の効果が消滅するかはまた別の問題であろう)、被告日本生命が主張する第二事件の訴状の送達による解除の意思表示は、そもそも除斥期間経過後のもので、効力は発生しないものというべきである。

四  原告吉崎建材は、被告日本生命に対し、信義則上、本件保険金債権を請求できないのか(争点4)

1  被告日本生命は、信義衡平の観点から、前記除斥期間の進行が停止する旨、また、原告吉崎建材は、本件保険金債権を請求できない旨主張する。

2  被告日本生命は、被告森幸商店の事情として、〈1〉重大な告知義務違反があったこと、〈2〉被告森幸商店が代表者小森の死亡後新たな取締役を選任せずに放置し、被告日本生命の解除権の行使を実質的に妨げたこと、〈3〉解除の主張が認められないとすれば、被告森幸商店を不当に利することになることなどを主張した。

更に、原告吉崎建材の事情として、〈4〉右被告森幸商店の事情は、原告吉崎建材に対しても対抗することができること、〈5〉被告日本生命は、平成三年四月三日付で本件差押・転付命令の執行裁判所(横浜地裁川崎支部)に宛てて本件保険契約が解除された旨の陳述をしており、債権者である原告吉崎建材としては不測の損害を受けることはないはずであること、〈6〉原告吉崎建材は本件差押・転付命令手続で特別代理人を利用できるのに、第三債務者である被告日本生命は仮取締役選任以外に本件生命保険契約解除の手段をもたず、事実上解除権の行使が不可能となるのでは不合理であること、〈7〉本来解除により存在しない債権をたまたま被告森幸商店の代表者が存在しないために解除の意思表示ができず、被告日本生命が請求に応じなければならないとすることは、利益の衡平を明らかに害することなどを主張した。

そして、被告日本生命自身の事情として、〈8〉被告森幸商店の代表者が存在しないことに被告日本生命の責に帰すべき事由はないこと、〈9〉解除をするために被告日本生命が取りうる手段は、仮取締役の選任の申立であるが、一か月という除斥期間内に仮取締役選任までの手続を経ることは時間の関係で実務上およそ不可能であること、〈10〉仮取締役の職務は、会社の職務全般をみるもので、予納金も高額であり、意思表示の受領のためだけに保険者の仮取締役の選任申立を要求することは過大な要求を強いるものであり、新取締役の選任をせずに放置した被告森幸商店との間の信義衡平を失することは明らかであること、〈11〉解除権につき一か月の期間を設けた趣旨は、保険者の意思表示の留保により保険契約者が不安定な状態に置かれることを避けるためであるが、被告日本生命は、解除原因を知った後、放置せず、期間内に特別代理人春田に宛てて解除の意思表示をするとともに、〈5〉の陳述をし、更に本件第二事件において、念のため解除の意思表示をしており、右保険契約者の不安定な状態の招来ということはないことなどを主張した。

3  そこで、検討するに、右〈1〉、〈4〉、〈8〉の点は、被告日本生命の主張するとおりである。

被告日本生命主張の〈2〉については、被告森幸商店が右選任をしないことが直ちに背信的行為といえるかは疑問であり、他方、積極的な作為により被告日本生命の解除権の行使を妨げた事実を裏付ける証拠はない。また、同〈5〉及び〈11〉については、確かに、本件解除の意思表示及び第二事件での解除の意思表示があり、平成三年四月三日付陳述書が執行裁判所に提出された。しかし、被告日本生命は当初保留の旨の陳述書を提出した上、二週間の提出期限を過ぎ、本件差押・転付命令の確定から更に約二か月間遅れて解除の旨の陳述書を提出しているのであって、原告吉崎建材が右陳述結果に接したとは考え難い(被告日本生命から原告吉崎建材に対して、解除をした旨を直接通知したのは、平成三年五月三一日到達の書面によってである。乙七の1、2)。同〈6〉及び〈9〉は、仮取締役選任手続が一か月間の除斥期間内に終えることが不可能であることを前提とする立論であるが、直ちに賛同できない。また、仮取締役選任手段をとることは、本件差押・転付手続の有無には本来関係はなく、差押・転付事件の申立人が特別代理人選任を求めることができるのと比較して信義則の問題とするには疑問がある(被告日本生命も、後に、第二事件で訴訟法上の特別代理人を利用して解除の意思表示をしている)。同〈10〉の仮取締役選任の予納金が高額であるとの主張が本件と直接的な関係があるとは解しがたい。同〈3〉及び〈7〉の点については、前判示のとおり、本件は、被告日本生命が、本件差押・転付命令が確定し、事件が終了しているにもかかわらず、当該事件に限って選任された特別代理人春田に宛てて意思表示をしたものであり、この判断に誤りがあって、解除の意思表示が到達したとは評価できない事案である。そして、被告日本生命は、仮取締役選任手続に着手した形跡すらなく、また平成五年に至るまで訴訟法上の特別代理人を利用した本件第二事件の提起という措置も講じていないのであり(第二事件は同事件の特別代理人の選任から一か月以内に送達されれば解除は有効であるとの前提で申立がされており、手続が特に急いでされたわけではないが、訴え提起後ほぼ半月で特別代理人の選任を経て訴状送達まで完了しており、告知義務違反事実の確知後、直ちに適切な措置を講じておれば、一か月の除斥期間内に有効に解除できたはずである)、仮取締役選任あるいは訴訟法上の特別代理人選任の手続をとったにもかかわらず、一か月の期間を経過したという事案ではないのである。したがって、右各点の立論の前提には直ちに賛同できない。

以上によれば、除斥期間の停止につき、類推適用を含め法律の規定に該当しない場合でも信義則により停止が認められるという立論自体、除斥期間の趣旨に照らして問題がある上、信義衡平の観点を考慮しても、右判示の事情によれば、被告日本生命の除斥期間の停止の主張は採用できない。

また、信義則により原告吉崎建材の本件請求が封じられるかとの点についてみても、本件は被告日本生命にとって酷に過ぎる事案とまでは認められず(前判示のとおり、本件解除権消滅の直接の原因は、被告日本生命の手続上の過誤にある)、原告吉崎建材には背信行為は存在せず、被告森幸商店にも告知義務違反の点はともかく一般条項により同社ひいては原告吉崎建材の請求を封じるべきほどの特段の信義則違反行為があるとは解されない。よって、被告日本生命主張の二度にわたる解除の効果が認められず、その結果、原告吉崎建材の請求を認めることは、当事者の信義、衡平を考慮しても、やむをえず、被告日本生命の主張は採用できない。

なお、本件告知義務違反の重大さ、悪質さを特に重視して、詐欺等の問題とする余地もあるが、この点の主張、立証はない。

五  第二事件の請求について

1  本件事案は、第一事件と同様で、差押・転付命令が確定し、本件生命保険金債権が被告森幸商店から原告吉崎建材に移転したとされるものであることに変わりはなく、理論的には第二事件・確認訴訟における訴えの利益、被告適格の点については疑問がある(原告吉崎建材も同旨の指摘をする)。

しかしながら、被告森幸商店は、(特別代理人による答弁であるという特殊性もあるが)同社から原告吉崎建材への本件生命保険金債権の転付を不知として効果を争っており、また、被告森幸商店は、右転付後も、あくまでも本件生命保険契約上の地位を有し続け、解除の相手方となるものである。更に、木件は、被告森幸商店の代表者が不存在の事態に被告日本生命の責任がないにもかかわらず、一か月の除斥期間内に解除の意思表示を到達させなければならず、しかも本件のような場合に、現行法上、右期間を緩和する規定が存在せず、法解釈としても限界があるという点にも鑑みれば、当面の迅速かつ有効な保険者の対応手段としては第二事件のような方式も考慮に値し、この方式を是認しても、被告となる契約者の負担及び訴訟運営という公益的な観点からも、直ちに不当であるとは解されない。

以上の事情に鑑み、本件第二事件の訴えは適法であると解する。

2  そこで、実体判断に入るが、前判示のとおり、本件では、告知義務違反はあったものの、解除手続に瑕疵があって、解除の効力は認められない。よって、被告日本生命の解除による債権の不存在との主位的主張は理由がない。

もっとも、前判示のとおり、本件生命保険金債権につき、本件差押・転付命令が確定し、被告森幸商店から原告吉崎建材に移転しているので、被告日本生命から被告森幸商店に対しては、生命保険金支払債務は存在しない。

六  以上のとおり、原告吉崎建材の第一事件における請求及び被告日本生命の第二事件における請求は、いずれも理由があるので認容する(平成五年九月一三日弁論終結)。

(別紙)

生命保険契約

証券番号        (三五二)第一七八六九八四号

契約者         有限会社森幸商店

被保険者        小森信行

死亡保険金受取人    有限会社森幸商店

終身(主契約)保険金額 五〇〇万円

定期保険特約保険金額  二〇〇〇万円

保険の名称       ニッセイ終身保険(重点保障プラン)

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